乳酸菌といえば、ヨーグルトをはじめとする発酵食品の製造に使われ、腸内環境の維持に役立つなど「健康に良い」というプラスのイメージを持っている方が多いことでしょう。しかし、中には例外として、一部の人から非常に嫌われている乳酸菌もあるのです。それが、ここで紹介する「火落ち菌」です。
乳酸菌の一種である火落ち菌は、日本酒を白濁・酸化させ、その味と臭いを劣化させてしまう原因です。この現象は「火落ち」は呼ばれ、これまで多くの酒蔵を悩ませてきました。
火落ちした酒は、味が酢のように酸っぱくなってしまい、老ね香(ひねか)と呼ばれる悪臭が発生。とても飲めるような代物ではありません。
一度「火落ち」が発生すると、その後何年にもわたってその被害が出てしまい、かつては、この菌のせいで廃業の憂き目にあった酒蔵もあるほど。ほとんどの人には馴染みのない火落ち菌ですが、日本酒に関わる人たちにとっては厄介極まりない存在と言えます。
そのため、酒蔵ではヨーグルトや糠漬けといった乳酸菌発酵食品はご法度。日本酒の製造に関わる人たちは、上記の食べ物を我慢しながら酒造りに取り組んでいるのです。
火落ち菌はラクトバチルス属の中温性乳酸桿菌に分類され、さらに発酵形式(ヘテロ型・ホモ型)や生育環境などによって真性火落菌と火落性乳酸菌に分けられます。ほとんどの真性火落菌は、日本酒の醸造に用いられるコウジカビが生成するメバロン酸という物質を主食とし、種類によっては、アルコール濃度が20%を超える環境でも生育可能という性質を持っています。
「アルコール殺菌」という言葉があるように、多くの菌はアルコールに弱いもの。しかし、この菌にとって最も生育に適した環境は日本酒の中なのです。
ラクトバチルス属といえば、ヨーグルトやチーズ、ビール、キムチなどの製造にも用いられています。その種類は180種以上におよび、中には、こんな厄介な菌もあるというわけですね。
火落ち菌を摂取しても、特に人体への悪影響はありません。そのため、たとえ火落ち菌が含まれた日本酒を飲んでしまったとしても心配は不要です。いくら酸化が進んでしまったとしても、アルコールである以上、腐るということはありません。多少保管環境が良くなかったとしても、それを飲んだことで健康を害する危険性は低いはずです。
ただし、火落ちによって劣化が進んでしまった酒は、とても飲むことができないほどの味と臭いになってしまいます。そんなものを無理して飲むのは相当なストレス……我慢してまで摂取するメリットは見当たりませんね。
火落ちは加熱殺菌によって防げることがわかっています。酒を60℃程度に加熱する「火入れ」という工程によって、安全に酒造りを進められるのです。火落ち菌という言葉が使われるようになったのは明治以降ですが、火入れという行為自体は江戸時代から行われていると言われています。 しかし、火落ちは製造過程だけで起きるものではありません。たとえ火入れをした酒であっても、微量の火落ち菌が瓶の中に混入してしまったり、開封後に乳酸菌が入り込んだりした場合、自宅で火落ちが発生してしまうかもしれません。 特に、しぼりたての風味を味わうため、あえて火入れをせずに出荷されている「生酒」の場合は注意が必要。生酒は加熱殺菌されていないため、酵母が生きた状態で販売されているのです。そのため、温度変化に気を付けるなど、火落ち菌が発生しにくい状態で保管するようにしましょう。
管理人:蝶野ハナ
乳酸菌と人との関係、菌株ひとつひとつの個性、数多くの研究データ……乳酸菌って、知れば知るほどスゴいんです。私たちにとって最も身近な細菌について、もっともっと深く知りたくないですか?