種類やはたらきが丸わかり! 家族のための乳酸菌大辞典

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ヒト腸内細菌叢のダイナミズムとダイバーシティー

人は成長とともに環境に応じた腸内細菌叢を形成していく

日本乳酸菌学会誌Vol.28 No.2に掲載された「ヒト腸内細菌叢のダイナミズムとダイバーシティー」という論文の内容をわかりやすく解説します。この論文は、内川 彩夏、田中 優(九州大学大学院生物資源環境科学府生命機能科学専攻)、中山 二郎(九州大学大学院農学研究院生命機能科学部門システム生物工学講座)の3名が発表したもの。

彼らが収集した、国内の新生児200名以上の腸内細菌叢データやアジア人老若男女の腸内細菌叢データを見ながら、人が成長とともに、環境の影響を受けながら腸内細菌叢を変化させていく過程について考えていきましょう。

次世代型DNAシーケンサーで明らかにされつつある2つの事象

人は、腸管内に生息し、複雑な細菌叢を形成している数百種もの細菌と共生しています。細菌叢は宿主である人間に対しの生理・免疫系に影響を与え、その関係は出生時から死を終えるまで続いていきます。

そんな私たちの腸内細菌叢について、ここの10年ほどに起きた次世代DNAシーケンサーが登場や解析技術の発展により、その形成過程を詳細に観察したり、世界中の人々の腸内細菌叢を俯瞰的に見たりすることが可能になってきたそうです。

ここでは、乳幼児期の腸内細菌叢の形成(ダイナミズム)と、人類の腸内細菌叢の多様性(ダイバーシティー)という、次世代DNAシーケンサーを使った研究によって明らかになってきた、2つの事象について解説していきます。

乳幼児期における腸内細菌叢形成

従来の考えでは、人の出生時の腸管は無菌状態だと考えられてきました。しかし、近年の研究では胎便からも細菌が検出されたという報告もあり、細菌の腸内への定着は胎児期から始まっているとする説も登場していきています。

とはいえ、本格的な腸内細菌叢の形成が始まるのは出産後。従来は無菌だと考えられていた母乳にも、少数ながら細菌が含まれていると考えられるようになっており、乳児の細菌供給源のひとつだと言われるようになってきました。ただし、新生児の便から検出される細菌の多くは、母親から伝わったものよりも環境菌が多く、外部から偶然取り込まれた細菌が主に増殖しているようです。

上記のような環境菌は、しばらくすると乳児特有のBifidobacterium属細菌に取って代わられるのですが、これについては、母乳に含まれるヒトミルクオリゴ糖を優先的に資化するるBifidobacterium属細菌が優占的に増殖するという仕組みが明らかになっています。

その後、離乳食が始まって離乳が進むにつれ、このBifidobacterium属主体の細菌叢「ビフィズスフローラ」は、成人型の腸内細菌であるBacteroidetes 門やFirmicutes 門の細菌に置き換えられていくのです。

乳幼児6名を対象に行った下記の調査でも、生後1週目~3ヶ月目にはBifidobacterium属がもっとも優勢でしたが、離乳期にさしかかる生後6ヶ月を境にBacteroides属やClostridia綱の細菌が優勢となり、成人型のフローラを形成していく様子が見てとれます。

また、月齢ごとに調査した腸内細菌叢の多様度に関する調査においては、離乳期を境にして、腸内細菌の種類が急激に増加しているというデータが示されています。これは、母乳や粉ミルクという単一食品のみから栄養を摂取していた腸内環境から、さまざまな食品から栄養を摂取するようになった、状況の変化を顕著にあらわしていると言えそうです。

乳児期の腸内細菌叢は外的因子の影響を受けやすい

ほぼ無菌の状態から激しく変化しながら形成されていく乳児の腸内細菌叢は抗生物質の投与といった外的因子の影響を受けやすく、出生様式の違いによっても違いがあると言われています。たとえば、経膣分娩によって生まれた新生児は膣内の細菌叢に触れるため、Lactobacillus属、Prevotella属、Sneathia属などが優勢菌となり、帝王切開によって生まれた新生児は、母体の皮膚由来等と思われるStaphylococcus属、Corynebacterium属、Propionibacterium 属などが優勢に。こうした違いはその後の腸内細菌叢に影響を与え、その多様性の要因となっているのです。

また、生後まもなく抗生物質を投与された新生児は細菌叢の多様性が低く、その傾向は生後2ヶ月後まで続きます。抗生物質投与中はBifidobacterium属の量が少なく、Enterococcus 属の異常増殖が見られるという特徴が見られ、Enterococcus属の異常増殖は抗生物質の投与終了後1ヶ月ほどの時点でも確認されたそうです。

それとは逆に、抗生物質投与中には見られなかったEnterobacteriaceae科の菌は生後1ヶ月~2ヶ月後にかけて有意に増加。このデータから新生児の細菌叢に対する抗生物質のダメージは、投与終了後もしばらく残るということがわかります。

乳幼児の腸内細菌叢形成とアレルギー発症の関係

乳幼児期において、食物アレルギー発症の原因となる食物特異的なIgE 抗体を作りやすい上、アレルギー反応を抑制する消化管粘膜によるバリア機能や経口免疫寛容の働きが弱く、消化酵素分泌型IgAの生産が少ないそうです。

生後2ヶ月から生後11ヶ月の乳幼児を対象にした腸内細菌叢の調査では、IgE依存型アレルギー乳児においてClostridium sensu stricto、Anaerobibactorの増加と、Bacteroides、ClostridiumクラスターXVIIIの減少が確認。Clostridium sensu strictoは血中IgE量と正の相関が示されました。ほかにも菌体、およびその代謝産物が免疫機能の発達に与える影響について、さまざまな研究が行われているそうです。

下記の新生児における腸内細菌叢とアレルギー発症の関係についての調査でも、生後1ヶ月時点では、アレルギー発症群ではBacteroidetes門の占有率が高く、Proteobacteria門の占有率はやや低いという傾向が見られました。

そのほか、アレルギーの多いフィンランド・エストニアの乳幼児がロシアの乳幼児に比べててBacteroides属を多く持っていたという研究データもあります。Bacteroides属はグラム陰性細菌で、内毒素とも言われるLPSを生産。Toll様受容体(TLR)を介して強い自然免疫の誘導活性を持っているのですが、Bacteroidetes門のLPSは免疫刺激活性が弱く、むしろ大腸菌のLPSによる自然免疫の誘導活性を阻害する方向に働くことが論文で示されているのです。

こうしたLPSの免疫活性の違いがアレルギー発症の要因となっているのかどうか、さらなる研究が待たれるところです。

成人型腸内細菌叢と分類

成人同様の食事を摂取するようになると、ビフィズスフローラの傾向は失わわれ、成人型細菌叢が形成されています。下記の表は、典型的なビフィズスフローラを持つ6名の、離乳前後前後の細菌叢と成人の細菌叢のデータ比較です。このデータを見ればわかる通り、離乳後の腸内細菌は、すでに成人型の細菌叢になっていることがわかります。

成人の腸内細菌叢については世界各国でさかんに研究が行われ、さまざまな解析論文が発表されています。そんな中、Arumugamは欧州人、日本人、アメリカ人の解析データから、3通りの独立したクラスターが存在することを示しました。それぞれ、Bacteroides属、Prevotella属、Ruminococcus属の占有率が高いことを特徴としており、このクラスターが他の研究においても同様に示されたことから、この3タイプが、人種を超えた人類の細菌叢バリエーションだとしています。

しかし、その後の研究においては、分類は2タイプであるといった意見や、固有のクラスターではなく優占菌のバランスが連続的に変わったバリエーションに過ぎないといった意見など、さまざまな検討がなされているようです。

2タイプに分けられるアジア人の腸内細菌叢

2009年、アジア乳酸菌学会連盟の基に設立された、アジア人の腸内細菌叢調査プロジェクト「Asian Microbiome Project(AMP)(http://www.agr.kyushu-u.ac.jp/lab/microbt/AMP_HP.html)」は、アジア全域を網羅する腸内細菌叢データベースの構築を目指しています。

AMPが行った第一次調査は、自国の食習慣を反映しており、成人型に近い腸内細菌叢を持っていると考えられる5か国・10都市の7~10歳児303名を対象に行われました。

まず16SrRNA遺伝子のV6-V8領域のシーケンスをロッシュの454ピロシーケンサーを用いて解析した。得られた配列データを基に、Arumugamらが行ったのと同様に、各サンプルの各細菌科の占有率データを用いて、サンプル間のJensen-Shannon距離を決定し、partitioningaround medoids(PAM)法でクラスタリングした。その結果OTUレベルから科レベルまでの分類階層で2つの有意なクラスターが検出された。門あるいは綱レベルでは有意なクラスター形成は見られなかった。この2つのクラスターに分けられた303のサンプルをそれぞれの科レベルの菌組成を用いて行った主成分分析で2次元に展開すると、第一成分の正方向にはPrevotellaceae科、他の主要な科である、Bifidobacteriaceae科、Bacteroidaceae科、Ruminococcaceae科、Lachnospiraceae科は負の方向にベクトルを示した。そして、2つのクラスターもちょうど、第一成分の正方向と負方向に分かれた。実際に、正方向のクラスターはPrevotellaceae科を優占科としており、負方向のクラスターはその他の4つ、特にBifidobacteriaceae科とBacteroidaceae科を優占科とする傾向があった。Lachnospiraceae科やRuminococcaceae科については、負方向のクラスターのサンプルに若干多いものの両者において共に優占菌として存在していた(図 6)。そこで、正のクラスターのサンプルの細菌叢をP(Prevotella)タイプ、負のクラスターのサンプルの細菌叢をBB(Bifidobacterium-Bacteroides)タイプと名称した。各都市のPタイプとBBタイプの人数比を図 7にグラフで示した。

アジアの小学児童の腸内細菌叢の主成分分析とクラスタリング アジアの小学児童におけるエンテロタイプの分布

引用元:内川 彩夏ほか:ヒト腸内細菌叢のダイナミズムとダイバーシティー(日本乳酸菌学会誌 28巻 2号)[pdf]

このデータによると、中国、日本、台湾の子供にはBBタイプが多く、特に日本は調査対象である84名中83名と、そのほとんどがBBタイプ。一方、インドネシアとタイコンケンはPタイプが主流でしたが、タイのバンコクではBBタイプが3/4程度、Pタイプが1/4程度だったようです。

上記データの分析から、腸内細菌のタイプは単なる菌組成を反映するだけでなく、定着菌群が形成するコミュニティーを反映していると考えられます。細菌叢の中で最近同士がギブアンドテイクの関係を持ち、そのコミュニティーをより安定したものにしているのです。

食の現代化と腸内細菌叢の変遷

上記の通り、アジア人には2種類の腸内細菌叢のタイプが確認されており、国ごとに異なった特徴を示しています。そんな中、タイでは都市部と農村部で異なる分布が確認されました。

調査を行ったOrmocとBaybayは50kmほどしか離れていないものの、Ormocは都市化が進み、農村部であるBaybayは旧来の生活習慣が続けられています。2都市に対して行った食事調査では、脂質エネルギーの割合に大きな差があり、現代化した食生活の影響が色濃く現れていました。そして、低脂肪食であるBaybayの人々は主にPタイプ、高脂肪食であるOrmocの人々はBBタイプが主流だったのです。

腸内細菌は私たちにどんな影響をもたらすのか

この論文の中で紹介されている通り、人は様々な外的要因によって腸内細菌叢を激しく変化させ、成人としての腸内細菌叢を完成させます。そして、その人が身を置いてきた環境によって形成される細菌叢の傾向は異なり、食生活などの習慣は大きな影響を与えているようです。

今、アジア各国でも食生活の現代化が進み、私達の生活にもファストフードをはじめとする高脂肪食があふれています。こうした環境が、腸内細菌の宿主である私達にどういった影響がもたらすのか、さらなる研究が待たれるところです。

参照元

  1. 内川 彩夏ほか:ヒト腸内細菌叢のダイナミズムとダイバーシティー(日本乳酸菌学会誌 28巻 2号)(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jslab/28/2/28_74/_pdf/-char/ja[pdf]))

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管理人:蝶野ハナ

蝶野ハナ

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